ゴミ屋敷の支援は片付けから始めない|地域包括の社会福祉士・ケアマネが見てきた困難ケース

記事のタイトルの画像(1987) 相談援助・困難ケース

地域包括支援センターで3年間、社会福祉士とケアマネジャーを兼任していました。担当として回ってくるのは困難ケースが多く、現場では「社福ケース」と呼ばれることもあります。ゴミ屋敷、サービス拒否、引きこもり、セルフネグレクト、虐待が疑われるケース。種類はさまざまですが、関わり方で一番大切なことは、どれも同じでした。関係性をつくることです。

当たり前に聞こえるかもしれません。ただ、困難ケースにおける「関係をつくる」は、普段のケースとは時間の尺度がまるで違います。そこを見誤ると、支援そのものが成り立たなくなります。

「拒否している人」ばかりではない

困難ケースというと、支援を拒んでいる人を思い浮かべがちです。実際にはそれだけではありません。

制度があることを知らなかった人。相談先がわからないまま年月が過ぎた人。どこかで一度つながりかけたものの、そのまま途切れてしまった人。むしろ、こちらのほうが多いくらいです。

この違いは、最初の入り方に効いてきます。断っている方には、断った理由と記憶があります。そこへ新しい支援者が「何かお困りですか」と尋ねても、本音は出てきません。一方、知らなかった方や途切れた方は、拒んでいるわけではないのに、こちらから見ると同じように「反応がない人」に見えることがあります。そこを一括りにして「拒否」と扱ってしまうと、本来つながるはずだった人を遠ざけます。

どちらにしても、最初に目指すのは問題の把握ではありません。会ってもらえる関係になること、それだけです。

会えない時間を、支援の時間として数える

顔を見るまでに何か月もかかることは珍しくありません。玄関の外から声をかけるだけの時期が延々と続いて、ようやく繋がったケースもありました。

この時期を「まだ何も進んでいない」と数えてしまうと、焦りが出ます。焦ると踏み込みたくなり、踏み込めば切れます。そして一度切れた関係をつなぎ直すには、最初より長い時間がかかります。

声をかけ続けている期間そのものが支援の一部だと考えておく。そのほうが、結果的には近道でした。

会える前にできること──特に民生委員との関係

待っている間、何もしていないわけではありません。本人と話せる状態になる前に、周りから情報を集めておきます。家族、ケアワーカー、以前関わっていた事業所。そして、近所の方々です。

なかでも民生委員は、きわめて重要な情報源でした。日常的に地域を見ていて、どの家に誰が住み、最近どう変わったかを知っている。専門職が訪問して初めて気づくことを、その何か月も前から把握していることが少なくありません。

ここで大事なのは、困ったときに頼るのでは遅いということです。ケースが立ち上がってから挨拶に行っても、話してもらえるのは表面的なことまでです。だから普段から民生委員との関係づくりを大切にしていました。用がないときに顔を出し、地域の話を聞いておく。その積み重ねがあるかどうかで、いざというときに入ってくる情報の深さが変わります。

支援者が本人と関係をつくるのと同じことを、地域に対してもやっておく。そういう感覚に近いと思います。

会えたときに、いきなり本題に入らない

実際に会える段になったときも、聞く項目は事前に準備して持っていきました。その場で思い出そうとすると、必ず漏れが出るからです。ただし、持っていくだけで、順番どおりに尋ねることはしません。

雑談から入って、聞き取りに見えないように進めます。構えられてしまえば、せっかく会えても本音は出てきません。

言葉以外から拾えることも多くあります。家の中の様子、物の置かれ方。本人が話さないことを、暮らしのほうが語っていることがあります。

ゴミ屋敷では、本人が困っていないことがある

ここが、ほかの困難ケースと性質の違うところです。

ゴミ屋敷の相談は、多くの場合、本人からは来ません。臭いがする、虫が湧いている、火事が心配だという周囲の声が先に届きます。つまり困っているのは周りであって、本人はそう感じていないことがある。

そうなると、支援は片付けから始まりません。まず見るべきなのは、なぜそうなったのかです。

なぜ、その家はそうなったのか

同じ「ゴミ屋敷」でも、そこに至った道筋はまったく違います。

体が動かなくなって、掃除やゴミ出しができなくなった方。もともと片付けが苦手で、どこかで追いつかなくなった方。パートナーとの死別のような喪失をきっかけに鬱状態になり、やる気そのものが失われてしまった方。そして、そこから物への執着につながっていく場合もあります。

原因が違えば、必要な手当ても違います。体が動かないのであれば、動かなくても回る仕組みを入れればいい。気持ちが落ちているのであれば、片付けより先に、その回復のほうが先です。片付けの前にここを見極めないと、何をしても的を外します。

そのゴミは、誰から見たゴミなのか

もうひとつ、立ち止まるところがあります。

私たちが「ゴミ」と呼んでいるものは、本人にとってもゴミなのか。

寂しさを紛らわすために集めたものかもしれません。本人にとっては宝物かもしれません。外から見れば不要な山でも、その人の生活史の中では意味を持っている。そういうことが、実際にあります。

だから、本人の許可なく捨てないという原則が出てきます。これは手続きの話ではありません。何がゴミで何がそうでないかを決める権利は、本人の側にあるという話です。

支援としては、本人と周囲の人との間にある衝突を、どうすり合わせるかという作業になります。本人がどこまでなら受け入れられるのか、周囲はどこまでなら待てるのか。その線を一緒に探していく。片付けはその結果として起きるもので、入り口ではありません。

一気に片付けたケースは、かなりの確率で戻る

実際に見てきた範囲で言えば、支援者が一気に片付けたケースは、かなりの確率で元の状態に戻ります。

理由ははっきりしています。原因に対する手当てができていないからです。

体が動かないという事情がそのままなら、片付けた翌日からまた溜まり始めます。気持ちが落ちている状態が変わっていなければ、きれいになった部屋は数か月ももちません。片付けたのは結果の部分だけで、そこに至らせた理由には何も触れていない。

だから再発します。そして二度目は、本人も周囲も、支援への期待を失った状態から始めることになります。

完璧に綺麗にするのは、支援者のさせたい生活

それでも、サービスを入れて完璧に綺麗にしたがる支援者がときどきいます。悪気はなく、むしろ熱心な人ほどそうなる。部屋は見違えるようになり、周囲からも感謝されます。

けれどもそれは、本人が望んだその人らしい生活ではなく、支援者のさせたい生活になってしまっていることがある。片付いた部屋は、支援者にとってわかりやすい成果です。わかりやすいからこそ、誰のための片付けだったのかを見失いやすいのだと思います。

そして先に書いたとおり、その片付けは高い確率で元に戻ります。本人のためにもなっておらず、結果も残らない。

できない部分を補い、できる部分は本人に残す

では、どうするか。原因に手当てをしながら、本人の力を落とさない形を探すことになります。

やってあげるのは簡単です。ただ、本人の側に力が残らないと、やってもらうのが当たり前になり、根本のところは解決しません。だから、できるだけ自分でできるように、環境のほうを整えるようにしていました。

たとえば、ゴミ捨て場まで歩いて行けない方。そこは回収してくれる業者を雇って、外に出してしまう。これが「原因への手当て」にあたります。そのうえで、家の中の掃除は一緒にやってみる。できない部分は補い、できる部分は本人の手に残す。そうして少しずつ、やる気を引き出していきました。

考え方としては、認知症の方への関わりと同じです。できることを奪うと、進行は早まります。やってあげるほど、その人の力は落ちていきます。

片付けは終わりではなく、始まり

進め方として決めていたことが、いくつかあります。

本人の許可なく捨てないこと。ひとつずつ確認しながら進めること。衛生より先に関係づくりを置き、まずは通うこと。行政、保健所、清掃と役割を分けて、介護側だけで抱え込まないこと。

そして、片付いた後に生活支援を入れること。ここが抜けると、数か月で元の状態に戻ります。片付けは支援の終わりではなく、そこからが本番です。

時間がかかることを、最初から見込んでおく

困難ケースは、担当になった時点で時間がかかるとわかっています。それでも支援者の側には「早く解決したい」という気持ちが出ます。その気持ち自体は悪いものではありませんが、本人の時間の流れとは別のものだと意識しておいたほうがいい。

1回目から本音で困りごとを教えてくれる人は、困難ケースにはいません。会えない時期、断られる時期、何も変わらないように見える時期。そこを支援の時間として数えられるかどうかが、最後に効いてきます。

支援者は、解決する人ではない

ここまで書いてきたことは、結局ひとつのことに行き着きます。

困難ケースで支援者がやることは、問題を解決してあげることではありません。本人の生きる力を支えて、一緒に進む伴走者になることです。

片付けてあげた部屋は戻ります。こちらが決めた生活は続きません。本人の中に力が残っていなければ、どんなに整えても、支援者が離れた時点で元に戻ります。

逆に言えば、進みが遅くても、本人が自分で一歩を出しているのであれば、それは前に進んでいます。玄関の外から声をかけるだけの何か月も、ゴミをひとつずつ確認していく時間も、本人が自分のペースで動くための時間です。

支援者がいなくなった後も、その人の生活が続くこと。そこを目指すのであれば、先回りして解決するより、横で一緒に歩くほうが結局は早い。困難ケースに関わるなかで、私はそう考えるようになりました。

参考(制度について)

この記事はAIの補助を受けて作成し、介護現場18年の筆者が内容を確認しています。

この記事を書いた人

介護の現場で18年。介護福祉士・社会福祉士・介護支援専門員(ケアマネジャー)。介護の仕事をする人が、AI や Excel を安全に、無理なく使えるように、公開されている資料と現場の経験で確かめた使い方を書いています。

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